みねらるのひとりごと

ふと頭に浮かんでぐるぐるしたことを書いています

台湾に来た日本人留学生の平日~グッドなモーニング編~

 

私が日本を離れてから約3週間。

 

日本は空前の”みねらるロス”に包まれ、政治は混乱し、経済は低迷、天候も荒れ果て、崩壊寸前の危機を迎えていた。国民は皆、私がどのような生活を送っているか気になって気になって夜しか眠れないということなので、今回は私の1日を紹介していこうと思う。

 

 

6:50 みねらるの朝は早い。いや、社会人にとっては普通かもしれない。しかし某W大学に通い始めてからというもの、10時40分に始まる2限に出席するのさえ億劫になってしまった私にとって、6時50分にアラームが鳴るのは天変地異と言えるのだ。

 

 

では、みねらるは眠いのか。

 

 

それはその日の夢次第だ。

 

新生活の始めに買った3500円の薄っぺらいマットレスで寝始めて以降、恐ろしい夢を見る事が多くなった。よく分からない緑の怪物に襲われたり、貞子に顔を覗かれたり、拳銃で射殺されたり、それはそれは容赦が無いのである。

 

 

生活の三本柱は衣食住というが、ぶっちゃけ「住」を舐めていた。快適な部屋のふかふかベッドで寝れることは幸せなのだと再認識した。そんな朝が来る。

 

 

その後は支度をする。と言っても、顔を洗い服を着て、入念に日焼け止めを塗る程度だ。推しのしょーちゃん*に会いに行く時の10分の1の時間で済む。

 

*日本プロ麻雀連盟所属、白鳥翔プロ。この世で1番かっこいい男(?)。

 

そして、必要なものを鞄に詰めて出発する。(2回に1回は鍵を忘れて玄関と机を往復する。)

 

 

 

7:30    寮を出る。前述した程度の支度なら40分もかからないだろう、そう思ったか。そんな君はまだまだみねらるビギナーだ。

 

6時50分という中途半端な時間にアラームをかけるのは、当然10分間の二度寝を考慮に入れてのことだ。この二度寝による幸福感のあるなしで一日のQOLが変わってくる。

 

 

まあそれはいいとして、寮を出た後はチャリに乗って朝ごはんを調達しに行く。

 

みねらるの朝ごはんは曜日によって異なる。月水金は大学までの道のりにあるお店で、肉まんかトースト、蛋餅を購入する。一方火木は1限の教室の近くにあるお店でお粥やおにぎり、ワッフルなどをゲットする。そしてそれらを教室に持っていって授業が始まる前にもぐもぐするのだ!

 

f:id:mineraru426:20190921220014j:image

肉まん!


f:id:mineraru426:20190921220018j:image

激うまサクサクワッフル!ワッフォー!

 

 

f:id:mineraru426:20190921220556j:image

大学の大通りを爆走するのが楽しい!

 

 

 

8:10 授業開始。

 

月~金の朝8:10~10:20は全て留学生向けの中国語の授業で埋まっている。

 

火木の授業のレベルは私にとって丁度いいのだが、月水金は地獄である。というのも最初に受けさせられたクラス分けのテストで何故か高得点を叩き出してしまい、10クラスある中の一番上のクラスに入れさせられてしまったのだ。

 

自分のレベルより下なクラスは嫌だなあ~頑張ろう~と思い、前日にきちんと対策をしたのが仇となったようだ。

 

 

残念ながら前日に対策した部分の問題は出題されなかったが、私の思考に大きな影響を与え、間接的にこのテストの点数を底上げしたと考えられる。

ウザク本は神なのである(紙でもある)。

 

 

ところで諸君、

こんなに読んだのにまだ8時10分までしか進んでないじゃねーかよと思った事だろう。

その苦情にお答えして、とりあえずここで終わりにしておこう。

 

グッドなアフタヌーン編も楽しみにしててくれよな!

再見

 

9月11日になると思い出す話がある

 

 

人の命は皆平等だと思いますか?

 

そんな質問に対しておそらく多くの人が「平等だ」と答えると思う。

 

もちろん人の命は平等だ。しかし人の命の認知のされ方は平等とは言えないし、重さには違いがあると言う人もいるかもしれない。

 

 

9月11日が過ぎ、今年も多くのメディアが18年前の悲惨なテロ事件について言及した。

 

そんな中私が毎年思い出す一つの話がある。

 

 

 

その授業を取ったのは、早大生にはお馴染みの「マイルストーン」という科目情報が載っている冊子に、”トレンディーエンジェルの斎藤さんに似た面白い哲学の先生がいる”という記載を見たからだ。

 

元々は哲学を専攻したくて文化構想学部に入学した私は、一年生の春、心を躍らせてその授業を履修した。

 

 

そんな斎藤先生(名前も同じく斎藤なのだ)が、倫理の部分の授業をした際に9.11の話について触れた。

 

 

9.11の同時多発テロは誰にとっても常識だし、私もあの事件が起きてから、飛行機がビルに突っ込んでいく姿を何度も何度もテレビの放送で目にした。

 

 

f:id:mineraru426:20190914015537j:image

 

 

 

だが、同日にも起こっていたコンゴでの戦争(第二次コンゴ戦争)については斎藤先生が講義で取り上げるまでは何一つ知らなかった。

 

いや、正確には知ってはいたが、とうの昔に忘れていたという方が正しいかもしれない。

 

 

9.11で亡くなったのは約3000人。それに対してコンゴ民主共和国の戦争は、1998年から2003年の間に600万人以上もの犠牲者を出しており、被害に遭った人数比で考えると、後者の方が大きな被害と言えるだろう。しかし、どちらも罪のない住民共々犠牲になった悲しい出来事であるのに、私たちの記憶に新鮮なのはアメリカでのテロだ。

 

 

もちろんアメリカという超大陸で起きた事件のことをマスメディアが大きく取り上げるのは当然のことであるし、そこに間違いはないだろう。

 

 

でも、それが人の命の認知のされ方に幅を生んでしまっているのもまた間違いのないことだと思う。

 

 

最近、千葉での台風被害が著しいのにも関わらず、メディアにあまり取り上げられないため、TwitterなどのSNSで個人が助けを求めるような場面をよく目にする。

 

その訴えが広く拡散され、然るべきところへ届くことを望むが、まさに当時のコンゴは千葉のような状況にあったのではなかろうか。

 

 

コンゴで被害に遭った人の多くもまた、罪のない住人であって、被害者ということに関してはなんの違いもない。ただ彼らがいた場所・環境、被害総額、影響力などによって、広く長く認知されるか、全く認知されずに終わってしまうかが決まるというのは悲しい話ではないか。同じ一つの命ではなかったか。

 

 

 

コンゴでの戦争に関しては斎藤先生のお陰で知る事が出来たが、きっと私の知らないところで今も様々な内戦やテロ、貧困が起き、誰にも知られる事なく、後世にも知られず祈られることもなく飛び立っていく命があるのだろう。

 

 

この記事は決してマスメディアを批判しているわけではなく、ただどうしてもそうならざるを得ない社会に対してやるせないなと感じたという話である。

 

 

でもそれが嫌なわけではない。きちんと思い出してまた考えたいなと思うのだ。

 

 

 

だからきっと来年も、

 

9月11日になると思い出す話がある

東京

 

新海誠が描く東京が好きだ。

 

自由、希望、煌めき、憧れと

現実、排他性、不寛容、冷酷さが交差する街、東京。

最近は色んな人が東京を描きたがる、そんなふうに感じる。

 

***

 

人生のうちの約半分を東京で過ごしている私が、この街の特別さに初めて気づいたのは、きっとplentyの「東京」を聞いた時だ。

 

https://youtu.be/sHEpoD95edw

 

他の人が口にするほどヒドイ所でもなくて

自分自身が思ってたほど素晴らしい所でもなくて

大衆文化 作為があった

計算だった イヤになった

矢印の方へ 従っとくか

イスとりゲーム ボクは残れなそうだ

 

 

衝撃を受けた。

plentyは2年前の9月に既に解散してしまったが、後にも先にもこんな歌を作れるのは彼らしかいないと思っている。

彼らにとっての東京はどんな街だったのだろう。茨城から夢と希望を鞄にしまい上京した彼らは、東京に何を思ったのだろう。

 

みんなが温かいわけではなく、流れに乗ってばかりで、焦っていて、お互いから目を逸らしているような狡猾さを感じたのではないか。

 

モノが溢れていても、ヒトが溢れていても、何かが足りない。

 

そんな気持ちがとめどなく伝わってきて、聞く度に私も押しつぶされそうになる。

だがそれが心地いい(ドM)。

 

***

 

先月、Amazonプライムで「東京女子図鑑」を見た。

1週間ほど鬱になった。

全人類に見ることをオススメしたいのだが、この作品もまた、タイトルにもあるように東京を舞台にした話だ。

 

f:id:mineraru426:20190731011748j:image

 

秋田生まれ秋田育ちの女の子が主人公で、大学卒業を機に長くから憧れていた上京を果たす。

 

彼女のキャリアや恋愛観の移り変わりとともに、彼女が暮らす街も変化していくのがとても面白い。

 

そして二十歳の女の子が見ると確実に鬱になる。これだけは言える。

 

ここからネタバレになってしまうのだが、主人公の恋愛は決して理想通りに進んだとは言えない。

背伸びして失敗したり、振り回されたり妥協したりと、波乱の連続だ。

 

まず彼女は上京したての20代に、下町の三軒茶屋で出会った、近所の優しい男と付き合い始める。交際は派手なものではなかったが順調で、二人は1LDKのアパートで幸せに暮らしていた。だが、上昇志向の高かった彼女は下町の男では満足出来ず、彼に別れを告げる。自分は''いい''女になる。だからそれに相応しい''いい''男と付き合いたい、そう思っていた。そして、より''いい''男を探し、恵比寿の三高(高学歴、高収入、高身長)のエリートをターゲットにし、新たな恋愛を始める。

 

 

………

 

いやめっっっっちゃ共感しかないよ?ここ?

若い20代のOLがね?そんな優しさしかない男で妥協してられっか!!

 

っていう気持ちよ!主人公は!!

 

いやSo am Iだわ!!!

 

…と思いながら見ていた。

 

最終的に主人公は様々な経験をし、失敗した挙句、小さな幸せこそが1番大切だったと気づく。三茶でたこ焼きを半分こして食べさせ合うような小さな幸せこそが人生に必要なものだったのだと。

 

 

いやしんど。

 

しんどすぎる。

 

無理無理無理無理。

 

いい男ってなんだろ…

 

 

ということが何度も起き、着実に心が抉られていく。

だがそれが心地いい(ドM)。

 

***

 

新海誠の描く東京は本当に綺麗だ。

 

人だらけの新宿、見上げるほどに高いビル、走る総武線、煌めく夜の街。

 

どれをとっても繊細な描写がされていて、観客を映画の世界へと一瞬で引きずり込んでしまう。

 

『天気の子』の舞台も東京で、憧れと希望を胸に東京へと家出して来た少年が主人公だ。

 

『天気の子』の感想はまた別の記事で書きたいと思うので割愛するが、ここで純粋に疑問に思うのは、これを見た人は東京という街にどのような感情を持ったのだろう、ということだ。

 

東京に住んでいる人、地方に住んでいる人。それぞれの感じ方は違うだろう。

 

 

今は地方に住んでいて、いつか原宿のクレープを食べたいと思っている女子高生。

 

東京で活動するアイドルのライブに通いたい転勤の多いサラリーマン。

 

都会で生まれ育ち、自然の中で遊んだことのない高校生。

 

親元を離れて東京で一人暮らしを始めた大学生。

 

高い家賃に苦しむ社会人三年目。

 

みんながみんな、東京に何かしらの想いを抱いて生きている。

 

私はそうだな…

実家暮しで家賃も払ってないし、中学から東京で暮らしていて物価の高さを実感したこともないので、経済的な辛さは分からない。

 

モノとコトで溢れていてとても便利で刺激的だと思う。電車でどこへでも行ける。満員電車は辛いけど。

 

人の多さに辟易してその無関心さに慣れてしまった中で、時々感じることの出来る人の優しさを美しいと思ったり。

 

全てが嫌になった時に周りの幸せそうな人を見て勝手に羨んで、憎んで、そんな自分がさらに嫌になったり。

 

部活終わりにアイスを食べながら歩く高校生や、手を繋いで商店街を歩くカップル、渋谷のスクランブル交差点ではしゃいでいる外国人をみてなんとなく幸せを感じたり。

 

色んなものが転がっている。広がっている。

 

きっと私の東京観も年月を経るうちに移ろうのだろう。

 

でも今はこの街が好きだ。

 

 

ねえ、君は何を思う?

 

 

ー東京ー

 

さよならギター

 

思えば私がギターを弾き始めたのは高校2年生の2学期頃だっただろうか。

 

家に古びた白いギターがあって、ずっと前からかっこいいなと思っていた。私が知っているギターは茶色のものばっかりだったので、白いギターはなんだか特別な感じがした。

 

母に、「弾きたい!」と言うと、ネックに大きなヒビが入っているからダメだと言われた。

 

私が、そっかぁ…弾いてみたかったな…と落ち込むと母は、

「じゃあ新しいの買ってくるわ!」

と言って、翌日新しいギターを買ってきてくれた。

 

私の住む町に中古のギター屋さんがあるのだが、そこから1万円程度のYAMAHAの中古ギターを選んで、ギターケースは買わずに家まで担いで帰ってきたという。

 

 

母の図太さ世界一

 

 

そんなこんなでやって来たギターに私はすぐに夢中になった。そして気がつけば、

 

16時に帰宅する

 

これが一日の目標となっていた。

 

帰宅部のエースとして活躍していた私は、学校の終礼・掃除が終わるや否や家へと直帰した。

そのスピードは光をも凌ぎ、掃除後に学校で私を見かけたものはいないという。

 

16時に帰宅し、母が帰ってくるまでの2時間、みっちりギターを弾く。

このルーティーンを高校2年生の3学期~高3年生の2学期くらいまで続けただろうか。

受験勉強をそっちのけにしている事はバレてはいけない。そんなスリルも背中合わせにしながらギターを練習していた。

 

 

 

受験が終わってから、新しいギターを買った。私のレベルにはもったいないくらいのものだ。

 

勿論今まで弾いていたギターはあまり使わなくなった。やはり高いギターの方が音色が良い(気がする)(というかそう思いたい)。

 

でもたまに初代のギターを弾くと、弾きなれた感触と、弦高の低さに安心した。

 

 

そんな私の初代のギターが、数日後、友達へと受け継がれる。

 

本人は、自分は音痴だし、リズム感もないと言うが、そんなことは関係ない。

 

 

音楽が好きなら、

君はこのギターを受け取るにふさわしい。

 

 

昔私の面倒をよく見てくれていた人がいて、音楽業界で働きつつ、バンドのリードギターをやっている人なのだが、私は今でもその人をとても尊敬している。

 

ある日その人が言った言葉が忘れられない。

「歌が下手でも、ギターが下手でも、恥ずかしがることはないよ。音楽が好きで楽しいなら、歌えばいいし、弾けばいいんだ。私は下手な人でも堂々と楽しめるような世界を作りたい。」

 

私は数年だった今でも、その言葉に救われている気がする。

 

 

私は歌もギターもそんなに上手くない。

 

 

それでも音楽が好きだし、歌うのもギターを弾くのも大好きだ。

下手でもいいじゃないか。聴いてもらってもいいじゃないか。

 

 

カラオケで歌うのが恥ずかしい。

人前でギターを弾くなんて緊張する。

そんな人でも萎縮しないで音楽と向き合えるような人が増えればいいと思うし、下手なんだから歌うな!なんて言われてしまう世界は嫌だ。

 

どんな人でも音楽を楽しめる世界。

 

私のギターがそんな願いの第一歩になることを祈って。

 

 

さよならギター

 

f:id:mineraru426:20190718020939j:image

 

 

私は私が知っている最善しか知らない

こんにちは、フッ軽女子大生のみねらるです。

 

昨日、ぶれいんちゃんの勉強会に参加してきました!

 

 

科学的に証明された根拠と共に効果的な勉強法を教えてくださったので、理解しやすくタメになりました。

 

↓今日からこんな感じです

 

f:id:mineraru426:20190624202728p:image

 

 

勉強方法伝授の会ということもあり、主催者や参加者の中には塾講師として働いている人が多かったです。会が終わったあとも、どのように生徒に勉強を教えれば効果的かについて熱心に話し合っていました。これぞ高め合い。意識高い。

 

対して意識の低さがもうマントルを突き抜けてブラジルでサンバしちゃっている私は、なんとかふんふん聞いているフリをしてサンバを口ずさんでたんですけど

 

そんな中、勉強時間を記録させるのが良いという話が出た時、ひとりギグッとしてました。腰の心配はご無用なんですが、というのも、中学で勉強時間の記入が義務だった頃、私はめんどくさがって提出直前にテキトーに埋めていたんですよねー。トホホ

 

 

てなわけで今回は、私が受験生だった時のことと、家庭教師をやっていた時のことを思い出したのでここに綴りたいと思います。

 

f:id:mineraru426:20190624211003j:image

 

 

 

私が受験生だった頃のことを思い出すと、どれも楽しかった思い出ばかりで、本当にいい環境で勉強出来たことに感謝しています。

 

 

思えば私の受験生生活は高校2年の秋にスタートしました。

私は高1の6月から高2の9月までカナダに留学していたので、日本に戻ってきた時にはもう既に周りは受験モードでした。(中高一貫私立女子校並)

 

ぶっちゃけカナダでの勉強はかなり遅れていました。特に数学は高1(grade10)にも関わらず√の単純な計算をやっていました。(それでも数弱な私はたまに間違えた( ˙-˙ ))

 

つまり、英語はペラくらいにはなったんですけど、数学を始めとしたその他の科目は1年分遅れていたので、少し焦っていたのです。

 

そこで、特に数学や理科が苦手な私は、遅れている分の理系科目をマスターするのは厳しいだろうと判断し、私立文系に絞った受験対策を始めました。

(今振り返ると東大や一橋などの国立文系にもチャレンジしておけばよかったなと思います。でも文構の授業が楽しいので後悔はしていません。)

 

 

私はかなり文系よりの人間で、文章や物語を読むのが好きだったので、英語と国語は問題なく追いつくことが出来ました。従って、受験勉強はほとんど世界史の暗記に時間を費やすことになりました。

 

しかし世界史も結局は物語なので、先生がとても可愛かったということもあり、というか先生がとても可愛かったので、結局先生が可愛すぎて可愛かったことも起因し、つまるところ先生が可愛かったという事実がそこに紛れもなく存在していたという奇跡に遭遇していたこともあり、一瞬でのめり込みました。幸いにも暗記は得意だったので、ひたすら覚えて答えて点数を取ることで先生への愛を表現し、極めていったのです。(ありがとう先生。らぶゆ)

 

 

ここまでで何が言いたかったかと言うと、私は受験に使った科目が全部好きで、楽しく勉強が出来た、つまり勉強が楽しかったから上手くいったのだと思うのです。あとは愛。

 

 

 

一方、家庭教師時代に教えていた子は、あまり勉強が好きではなく、教育ママの命令に従うまま、塾に行き、家庭教師をつけさせられているという子でした。

 

だから私はなるべく勉強が楽しくなるように教えていたつもりです。

 

でも教育ママが言うんですよ。

 

「この子はやれば出来るんです。やり方が分かっていないだけなんです。勉強方法や計画を教えてあげてください」

 

って。

 

 

いやいやいや。

 

 

やれば出来る子ならもうやってて出来てるから。

 

 

勉強法を教えるって難しいですよね。

今回のイベントのように、科学的に根拠に基づいたことなら自信を持ってオススメできると思います。しかし、ぶっちゃけ人によって最善の方法って異なるんですよね。

じゃあどうやって自分の最善を見つけるか、というのはやってみるしかないと思うんです。

 

私は中学時代に自分を用いて色々な試みをしてきました。

先生の話に集中するのか、板書を綺麗に取るのか。配られたプリントを使うのか、自分なりのまとめノートを作るのか。

 

勉強の仕方は人それぞれでしょう。

私はプリントを丸暗記して好成績を残していましたが、友達は綺麗なまとめノートを作って素晴らしい点数をとっていました。

 

私は自分の数年間の経験とトライ&エラーから、私なりの最善の勉強法を知っているつもりです。

 

 

f:id:mineraru426:20190624104844p:image

 

↑これじゃないなぁ、これも微妙だ…よしこれが効果的だからこれでいこう!の図 ※小腸の図ではない

 

なので、勉強法を教えてと言われた時は私の知っている最善を教えます。

 

しかし問題なのは、私の最善は他の人にとっての最善ではない可能性があるということ。そしてそれが、私の知っている範囲での最善にしか過ぎないということです。

 

f:id:mineraru426:20190624214022p:image

 

↑BADな道を歩んだ上でGOODな道を知っているが、他の人にとっては逆かもしれないし、まだ見ぬSUPER GOODな道もあるかもしれないの図。

 

 

さらに、この考えは勉強だけに留まりません。

 

やたらとこれはいいよ!こうすべきだ!と押し付けてくる人は要注意です。もちろん科学的根拠があったり、素晴らしい実績があったり、プロフェッショナルの方だったら信用出来ます。

 

でも、あなたは人生において大切な決断や行動をする時、誰の言うことを信じますか?家族?先生?研究者?

 

やっぱり最後は自分ですよね。自分は自分のエキスパートになれるのです。プロフェッショナルとして自分の決断と行動に貢献しないといけないし、自分のプロフェッショナルになろうとする努力を怠ってもいけないのです。

 

 

だから私は自信がないのです。

私はあなたのエキスパートではないし、あなたはあなたの人生を歩み、私は私の人生を歩んでいるに過ぎないから、どうしてもあなたにベストな方法や近道を教えてあげることは出来ないのだ、と指導中に感じてしまうのです。(集中力の欠如なので瞑想しますね)(ていうか完璧主義者な面があるんですよね…)

 

そんなこんなで指導者として貢献する難しさを約1年間の家庭教師生活から実感した話でした。

 

 

でも一つだけ言えることは

 

私が家庭教師を受け持った子、

 

みねらる先生が可愛くなかったからやる気出なかったのならマジでごめんね

 

ということです。

 

オジサンたちはどう生きるか

こんにちは。オジサンマスター系女子大生、みねらるです。(特に深い意味は無い)

まあでも麻雀をやっているので、オジサンと関わる機会はやはりそこらの女子大生よりは多いと思います。

 

ところで、今を生きるオジサンたちって大変そうじゃないですか?

職場では歳下の女子社員に嫌われ、電車では痴漢に間違われ、ネットではLINEのトークを晒される(^_^;)。

そんなオジサンたちも少なくないと思います。(オジサンに対する圧倒的偏見)

 

f:id:mineraru426:20190609005657p:image

 

そもそもひと昔前と比べてオジサンは尊敬されない時代なんだと思います。

 

極端な例を出すと、

オジサンが空を眺めながら

「雲がこう動いているからそろそろ雨が降るぞ」

と言ってもスマホの天気アプリで予報をチェックできるJKには敵わないし、

 

「このおつまみには隠し味にこれを入れるといいぞ」

と言っても某レシピサイトには勝てないんですよ。

 

つまり、経験より統計が重要視され、さらに若者はそれらの情報にアプローチする手段も豊富にあるので、尊敬されにくいんだと思います。

 

 

そりゃなんで貴重な若い時代の時間を割いてオジサンの相手しなきゃいけないんだって思いますよね。

 

 

でもオジサンだって自己呈示したい

役割果たしてんだぞって言いたいよ

人間だもの

 

f:id:mineraru426:20190609010345p:image

 

 

そんなオジサンへの解決策として、3つの心がけたいことと、3つの避けるべきことを提案してみたいと思います。

 

世の中の煙たがられているオジサンは参考にしてみてください。また、「世の中には煙たがられているオジサンが多いけど、俺は違うぜ」って思っているオジサンも是非見てみてください。きっとあなたもそちら側の人間です。

※ほぼ私の愚痴です。

 

 

さて、まず心がけたいことは

 

楽しむこと、合わせること、学ぶこと

 

です。

ひとつずつ解説します。

 

①楽しそうな雰囲気を出そう

 

たまに開口一番に愚痴ったり、全身から疲労が感じられたりするオジサンいますよね。そして絡んでくる。私はお前の機嫌をとるためにここに居るんじゃないんだぞって言いたくなりますよね。ムスッとしている人といるよりは人生が楽しそうな人と関わりたい。これはオジサンかどうかに関わらず、人としてという話でもありますが。

 

 

②相手のノリに合わせる

 

Twitterで女の子にリプしまくっているけれど全然返信してもらえないオジサン、よくいますよね。そこで、リプが返ってきてるオジサンと返ってきていないオジサンを比較してみました。すると、前者はびっくりマークや顔文字、絵文字、wwなどを多用して女の子のノリに合わせているという特徴を発見しました。確かに現代の若者間では文末になにか付けるのが一般的で、逆にないとぶっきらぼうで素っ気ない雰囲気が出てしまいます。

よくネットで見かける、(^_^)や(^_^;)を多用するオジサンは、頑張ってるけどノリ切れてないのが面白いからネタにされてるんですよね。

オジサンの僅かな努力。虚しい。やるなら徹底的にやろう。

 

 

③学び続けよう

 

前述の通り、今は誰もが情報を手に入れることの出来る時代で、オジサンも学び続けないと置いていかれてしまいます。十年前の当たり前は当たり前ではなく、それを語っても軽蔑されてしまうでしょう。従って、今流行っていることだけでなく、純粋に正しい知識や最新の情報に敏感であることは大切だと思います。

 

 

ここまで修得して一安心しているオジサンはまだまだです。

次に、3つの''しない''を伝授します。

それは、

 

しつこくしない、説教しない、自慢しない

 

です。

それぞれ解説すると、

 

①しつこい人は誰だって嫌われる

 

気になる女の子に何回もメッセージを送ったり、ご飯に誘ったり、オジサンはとても根気のある生き物です。でも、そんなに勧誘されても段々だるくなりますよね?元電通の社員さん(現早大教員)が言うには、広告は人の目に3回入るるのが1番効果的だそうです。4回以上目にするとウザく感じてしまい、逆効果であると。

相手がやり取りに積極的なら良いのですが、頻度を弁えないとウザがられてしまう可能性が高いです。

 

 

②頼んでもいないアドバイス、説教はウザい

 

たまに頼んでもいないのにこうした方がいいぞ、年寄りの教えは聞くもんだぞと説教してくる人がいますよね。ありがた迷惑にも程があります。ウザいです。

 

 

③昔の自慢話(自己呈示)は聞くに耐えない

 

尊敬したいと思った人は勝手に尊敬しますよね。そういうことです。

 

 

というわけで最後の方は飽きてテキトーになってしまいましたが(私には2,000字が限界なようです)、これらを意識すればモテモテなオジサンになれることでしょう。まあ後は経済りょk((

 

では!

 

分からないのがいい

2018.9/12

 

私が大学に入って2番目にできた友達が今回の主人公です。


彼女は性格がかなり自分と似ていて、一緒にいると心地がよくて楽しいのですが、付き合いが長くなるにつれて、「あっ、これは自分とは違う考え方で素晴らしいな」と思ったことがありました。


それはある日一緒に本屋に行った時。
お互いに好きな作家とその著作を指さしながらあーだこーだ言っていたのですが、彼女が 「わたし恩田陸好きだよ」 と言いました。私も数冊彼の本を読んだことがあるのですが、少しもやもやした霧に包まれたような印象を受けて、好きな部類には入っていませんでした。そこで、「恩田陸のどこが好きなの?」 と聞くと彼女は、「自分には理解できなくてよく分からないところが好き」 と言いました。


これは自分にとって衝撃で、なぜならそれは自分は理解して咀嚼できるものが好きということに気づいたからです。つまり、自分は理解できないものを無意識に遠ざけて、理解出来そうなものを理解しようとしていたということです。


それは成長がなく、言うなればただ足踏みをしてるだけの状態。あー自分ダメだなぁと思いました。


また、彼女は米津玄師の曲も好きだそうで、その理由はまたしても「音程がよく分からない変な感じだから」 でした。


それ以来分かんないこともいいなって思えるようになりました。分からないことに対して魅力を感じることが出来る彼女が羨ましくてパクりました。だって世の中の大半のことが分からないことなんだから、それに魅力を感じることができたらきっともっと楽しいはずでしょ?


おしまい